<玄関>
アパートのヒョンガン(玄関)は日本の住宅公団が韓国にもたらしたもの。靴脱ぎ場で接客するような習慣はもとよりない。それでも下駄箱の上はみごとな李家のショウケース。済州島土産の木彫、インドネシア土産の花器、転居した隣人がくれた花瓶、ガソリンスタンドの景品でもらったサインボール、そしてきわめつけのジュリアーノ・メディチ像はアパートのゴミ捨て場からオモニがひろってきたもの。みずから購入したのは額縁の中身の複製画「仁王霽色図」(鄭敾)のみ。扉に貼られた護符には、それぞれ三災八難除、享福、悪霊退散の意味がこめられている。ハルモニが従姉妹のいる尼寺から毎年もちかえって貼る。下駄箱のなかの靴・サンダルは総数28点、オモニが10点、ウィジョンが7点(うち6点は貰い物)、ハルモニとアボジが4点、ドンファが3点で、女性軍の圧倒的勝利。(展示図録より)
<台所>
かつての台所はオンドルの焚口をかねた釜のある土間のプオク(釜屋)。冬場の家事労働のきびしさは想像にあまりある。いまや住宅のキッチンは、最新鋭の家電製品が絢爛と名をつらねる、主婦による家庭制覇の戦略拠点。住宅内でつかう道具のほとんどがこの空間に集約されている。1988年結婚と同時に装備したのは、冷蔵庫、洗濯機、電気炊飯器、そしていまも現役のコーヒーメーカー、1990年にはホットサンドトースターをゆずりうけ、1991年に電子レンジと電気保温器、いまのアパートに入居した1994年にはホットプレート、オーブントースターをくわえ、翌1995年に冷蔵庫を更新、1996年に浄水機、1997年には電気炊飯器をラジオ番組に参加して入手、1998年に煮沸洗濯機、2000年には全自動洗濯機と食器洗い機、そしてついに2001年にはキムチ冷蔵庫まで、野心的な軍拡路線がつづく。
ためしに一家のつかう食器類をカウントしてみると、湯呑み・カップ類57点、グラス45点、皿69点、深鉢・茶碗類67点、ステンレス碗30点、スプーン62点、フォーク22点、ナイフ17点、ステンレス箸30点。陶磁文化の国の面目躍如。景品類や儀式のさいの贈答品の多さが目をひく。祭祀にもちいる漆器類が52点もあるのは長男家だけの特徴。(展示図録より)
<食堂>
すべての部屋をむすぶ位置にあるダイニング。現代住宅のなかでは、共食という、家族のきずなを確認するかけがえのない儀式の場。出張や残業に追われるアボジも、家族と食卓をかこむ時間の大切さを口にする。けれども、男女が食事をともにする部屋がむかしから韓国の住宅にそなわっていたかというとそうでもない。ダイニングにある物はわずかに27点で、食卓を中心に、ラジエーターの上になにげなくならんだ造花、ティッシュ、爪楊枝、ペン立て、ラジカセ、壁面をかざる鳩時計、カレンダー、土産にもらった壁掛類、キッチンを仕切るカーテンがそのすべて。誰のためでもないしつらいの簡素さが、逆にこの部屋で毎日おこなわれる家庭内儀式の重要さを物語っている。(展示図録より)
<浴室>
浴槽があっても自宅で浴槽につかるのはせいぜい週に1、2度。そのかわり、市中のサウナや沐浴場には気楽に出かけて、家庭をはなれたリラックスのひとときをたのしむ。排泄(トイレットペーパー1点)と水浴(石鹸12点、シャンプー・リンス16点、ボディケア用品5点、タオル27点)、洗面(歯ブラシ21点、歯磨き8点、髭剃り3点、化粧品5点)、洗濯(合成洗剤6点、柔軟仕上財1点、漂白剤2点)、そして便器・浴槽の掃除(洗浄剤2点)がこの部屋でおこる活動のすべて。タオルが27点もあるのは、親戚の還暦記念や学会、百貨店、ボランティア団体などのもよおす行事を記念してくばられるもの。タオルのほかに、陶磁器、傘などの品物がとびかう。(展示図録より)
<リビング>
リビングが家族団らんの憩いの場とおもうのは大きな誤解のもと。住宅のなかで最大級にフォーマルなしつらいはリビングのためにある。家族がつかうには豪華すぎるソファーセットと対面して置かれる大型テレビがその第一歩。ラジエーター・カバーの上には、テレビを本尊に左右に飾り棚、上に化粧時計、壁から室内を睥睨するのは家族写真の大きな額。脇にはアップライトピアノとオモニが収集したCD、レコードの収納棚がひかえる。ピアノの上は地球儀にならんで世界各地の人形のオンパレード、CDラックには香水の空き瓶のコレクション、レコード棚の上にはアボジの各種酒瓶が鎮座する。死んだハラボジも写真で物神の仲間入り。伝統的な両班住宅の板の間、テーチョン(大庁)やマル(抹楼)がハレの儀式と接見の空間であったように、オンドルのないリビングは、本来、人が憩う目的にはつくられていない。つまり、家族の団らんはきわめて公的な活動だということ。(展示図録より)
<夫婦寝室>
韓国住宅の本来の中心はアンバン(内房)。玄関脇のやや小さな部屋をアンバンのかわりに夫婦の寝室にしているのは、ハルモニに遠慮してからか。手狭な空間を埋めつくすいきおいのベッド、箪笥、鏡台はいわば嫁入り道具の三点セットで、現在のものはアパートに越してから購入した。鏡台の上をかざるのは思い出の家族写真。目につく家具、化粧品、装身具の類はほとんどオモニのもの。アンバンは主婦の部屋と言われた面影をいまもつたえる。箪笥をあけてようやく存在の知れるアボジのネクタイは46点。オモニの衣服114点(うち81点が下着、靴下)に対するアボジの衣服は90点(同61点)もあって意外と健闘している。(展示図録より)
<勉強部屋>
押入をもたない韓国の住宅では、子供部屋というより勉強部屋兼書斎兼倉庫兼来客用の寝室とでも呼ぶのが理にかなう。勉強机はドンファの小学校入学祝い。壁面いっぱいをしめる本棚は引越していった隣人のおさがりで、中身はじつに828冊の本と29冊の家族のアルバム。本の内訳は、アボジの仕事関係の本44冊、オモニの音楽、料理関係の本103冊、アボジとオモニの民俗関係の本など150冊、ハルモニの歌辞関係11冊、ドンファとウィジョンの教材など92冊、児童書383冊、ほかに辞典類15冊、雑誌30冊。児童書の多さがやはり群を抜く。日本語の学習テキスト18冊と日本の小説3冊もある。本棚の上には、さりげなくかざられた表彰状や記念の楯。祖先の儒学者、李退渓のおしえが息づく場所。3層の李朝箪笥の中身はドンファとウィジョンの服。家族のイベントがあるたびに、オモニが子供たちとつくってきた家族史のパネルもすでに20点、箪笥の上に積まれるほどになった。1995年創刊の家族新聞「七色の虹」の資料はピンクのプラスチック・チェストのなか。机の正面の壁をかざる家族写真にも注目。(展示図録より)
<ハルモニと子供たちの部屋>
2000年、部屋に置かれたパソコンがインターネットに常時接続するようになって、アンバンの閉ざされた壁に突然風穴があいた。この部屋はいま、過去と未来の交錯する家じゅうでもっともスリリングな空間。ハルモニが50年もののミシンを繰るかたわらで、孫のドンファとウィジョンはマウスをあやつる。つむぎだすのは、ともに「家族」。壁いっぱいの彫物箪笥をあけると目も眩むばかりの蒲団、枕、韓服の数かず、その奥に、夫婦の幸せをねがって結納品のなかにおさめられた婚需粟やドンファのベネチョゴリ(産着)がねむる。箪笥の上にはハルモニの死装束をおさめた箱。学習机と二段ベッドは引越した隣人がのこしていったもの。上段に寝るウィジョンの夢路のおともはピカチュウと大きなハルモニの写真。(展示図録より)